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風邪だと思ってたんですが💧 -悪性リンパ腫闘病記-

人生で初めての入院生活。自分、家族、仕事、人生とは⁉入院生活で感じた事や闘病記録、家族との過ごし方、趣味や特技の事を綴っていきます。

孤独と家族と決心と

『悪性リンパ腫』診断されて、時間がたっても、現実に向き合うことが出来ずにいた私。何で今なの?!なんで俺なの?!答えは、出ないと思ってても。それには、こんな理由がありました。

 

孤独との闘い

 

 『悪性リンパ腫』の告知を受けて、私の家族は突然、途方もない悲しみに襲われました。喜びって、結構、事前に分かることが多いですが、悲しみっていつも突然なんですよね。それほど、喜びより、悲しみの方が衝撃が強いのでしょう。 

 

そんな衝撃の中、患者当人の私は、長い時間、現実を受け入れる事が出来ずに、 

只々、時を悲しみの中で過ごしていました。高熱でうなされながら、幻覚を見ながら 

日々を過ごしたのです。

 

 最初の頃は、TVなどを見て時を過ごしてもいましたが、家族団らんのシーン、手術などの病院のシーン、死をイメージするシーンなどで、いつも以上に心を揺さぶられては、涙しました。 

今、思い出しても『悪性リンパ腫です。』と告知された時の衝撃、悲しみは忘れません。なんで、そんなに長い時間、上を向けなかったか。理由があります。

 

上を向かなきゃ!そう思ったきかっかけとなったのは、、、。

 

 

 私たち家族は、去年、『熊本大震災』に被災してしまいました。その時に、家族一緒で良かったと思いました。避難生活も経験しましたし、子供にとっても親にとっても毎日、毎日、余震に怯えながら、不安とやりきれない気持ちの日々を経験したのです。


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子供も、水一緒に運んだり。頑張ってくれましたもし、あの時、自分が一人だったら。頼れる人も隣に誰もいなかったら。そう考えると、怖くて怖くてたまりません。

 良かった。一人じゃなくて。良かった。妻がいてくれて。良かった。子供がいてくれて。

 

頑張れる。頑張らなきゃ。

 

と、思えるようになりました。隣に自分よりも、もっと、もっと大切な存在があるからと。そう思えたのは、私はずっと一人だったからと思います。

一人だった言うか、誰か周りに人は居たのに、居てくれたのに気づかないふりをしていたのかもしれません。それは、多分、保身の為。自分を守りたかったからなのでしょう。

 

なぜなら、子供の頃、悲しい思い、寂しい思いをたくさんしたからです。親は、優しかった。姉たちも優しかった。でも、学校や友達。私が子供の頃に過ごしたコミュニティーは、私にとって厳しい場所でした。今思えば自分がそうしたのかもしれません。

 

でも厳しかった。

 

そのコミュニティーで過ごすうちに、自分が傷付かないように過ごしてきたのだと思います。そんな子供は、格好の標的になります。思ってても言わない。言えない。

 なんか言えよと言われ続けると確信をついてることをいう。(いろんな場面で言わない代わりに自分だったらこうするとか、自分だったらこう言うとかシュミレーションは、完璧ですから(笑))そうすると、こいつは生意気だってなる。当たり前ですよね。

 

その結果

 

言っても、嫌な気分になるし、言っても分かんないでしょ君たちって、見下していったんです。今思えば。悲しいですね。でも、親や姉たちには言えませんでした。

 こんなに大事に優しくしてくれる人たちに、私がいじめられてるって。 

だから、籠ったんです。自分の殻に。二重人格というか自分を客観的にみるというか。

 その癖は、大人になっても変わりません。多分。

 

常に、客観的に自分を見てますし、この発言、この行動は客観的にみてどうなのとか、いつも考えて行動していました。だから、何考えてるのかわかんないとか、偽善者とかも言われました。それでも、人を愛し、子供が生まれ、仕事も順風。

 

しかし、異変が起こりました。突然の頭痛。めまい。吐き気。

 

鬱でした。

 

まさか自分が鬱になるなんて。仕事も家庭も順風満帆と思っていたんですが。

症状は、さらに悪化しました。病院に行っても、薬をくれるだけ。

自分は、そんな筈じゃないって、自分が鬱になるわけないって、薬は飲みませんでした。←これが、抗がん剤治療が始まっても眠剤を飲まなかった理由でもあります。

 

当時、営業管理職だったので、クライアントや部下の事を考えたり、会社の事、自分の役割を考えると吐き気、めまいが止まりませんでした。多分、今でも誰も気づいてないと思います。誰にも言わなかったですし。うちの家族でも気づきませんでしたから。

それから、仕事を辞め、家から出れず、というか自分の部屋から出れず、吐き気と頭痛と嫌悪感と闘いました。

 

孤独な闘いでした。

 

自分が言えなかったから。言わなかったから。家族にも。それから、家族崩壊です。

妻、子供との距離が離れます。もっと前から、離れてたのでしょうが。

 

当然ですよね。

 

働かない旦那なんて、私でも嫌ですもの。妻も実家に帰りました。

 

でも、子供は、『パパと一緒が良い!!!』って言ってくれたんです。

 

この一言が、私の中で自分の殻を壊してくれました。子供の頃からずっと持ってたプライドが音もなく崩れました。

 

子供の為に何ができるか。

 

子供の為に何をするべきか。

 

妻の為に何ができるか。

 

妻の為に何をするべきか。

 

家族の為に何ができるか。

 

家族のために何をするべきか。

 

親として。夫として。男として。人間として。

 

そう考えるようになったんです。一緒にいよう。その為には、お金が必要だ!健康的な肉体と精神も!外に出よう!そう決心したのです。次の日から、仕事を探しました。

朝の8時~17時までの仕事。

 稼ぎは、減りましたが子供と過ごす時間は増えました。ご飯を一緒に作ったり、お風呂に一緒に入ったり、宿題したり。遊んだり。一緒の布団で、子供が生まれた時の話をしたり。※子供が小さいときは(3、4歳位の時はよく一緒にいたんですよ)

 

妻とも、繰り返し、話をしました。すべてを話しました。鬱だったこと、寂しかったこと。何度も頭を下げ、涙も流しました。しばらくしたら、妻も帰ってきてくれました。

 やり直そう。今まで以上に。精一杯。この人の為に。自分は一人じゃないんだから。

 ありがとう。妻と子供に感謝です。そんな矢先にあの大地震です。

 

マジかー。

 

ですね。青天の霹靂ですよ。神様が居たら何してくれてんのって怒りたいくらいです。

 

でも、今思えば、あの地震のおかげで!?確かに辛かったし、今も色々大変だけど、変に意識せずに家族身を寄せ合ってこれたかなって思います。二人のおかげですけどね。

 その矢先のこれです(笑)

 

『悪性リンパ腫です。』

 

いやー、笑えないです。何でって思いますもん。やっと、家族向かい合って、地震のステージも頑張ってクリアしたのにって。ボス倒したら、裏ボス居たー!みたいな。

 まあ、しょうがないです。何とか、家族と一緒に乗り越えます。 

申し訳ないですが、、、(ToT)

 

今回こんな事を書くにあたって、別に書く必要も無いかな。時期尚早かなって思いましたが、いつか、家族、子供がもし、このblog見る機会があったら、知って欲しいんです。

 

本当に、感謝していることを愛してることを。

 

ありがとうございます。 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。感謝いたします。

 

 

次回は、『R-CHOP療法 副作用など』について書いていきます。