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風邪だと思ってたんですが💧 -悪性リンパ腫闘病記-

人生で初めての入院生活。自分、家族、仕事、人生とは⁉入院生活で感じた事や闘病記録、家族との過ごし方、趣味や特技の事を綴っていきます。

今回のテーマは、『母』です。私の母だったり、私の子供の母(妻)がテーマです。私の母も長い闘病生活の果てに空へと旅立っていきました。私にとっての母の存在。男の子にとっては母親とは。夫から見た母親とは。

 

決して、マザコンではありません。

 

 今回は、『母』について書いていこうかと思います。

 

『母』

 

いきなりブログの題材にするには、大きすぎますね(笑)入院生活をはじめて、毎日辛い日々が続きます。痛い思いや苦しい思い、辛い思いが続く日々です。

 手術の時や初めての処置の時、まだ未体験の不安な思いをするときに登場するのは、決まって『母』です。

 

『父』じゃないんですよね。

 

合併症の心膜炎になった時も、緊急手術になり、不安なまま手術台の上に乗りました。

 その時私は、『助けてーお願い。母さん!』と心の中で叫び、手術に臨みました。

 

『父ちゃん、助けて』じゃないんですね。

 

毎回、再入院した時に、首にCVカテーテルという管を付けるのですが、これを付けるときも当然痛い思いをします。その時も、毎回『母さん、頼むよ。』と心の中で言って、痛みに耐えてます。

 

『父』と『母』両方とも親なのに、、、。

 

不思議ですね。

 

決して、私が父と仲が悪いとかじゃないですよ。悪しからず。まあ、母が他界してしまってるのも理由の一つかもしれませんけど、。

 

『母』

 

私にとって、『母』とは、ずっと、ずっと心配をかけてきた存在でした。私が生まれてから、今でもきっと空の上で、心配してくれていることでしょう。私は、生後1歳半くらいの時に『白血病』になったらしいです。

 『悪性リンパ腫』という同じ血液の病気にかかっているので、何かの因果関係があるのかと思いましたが、それはないようですね。(入院時に医師にきっぱりとそれは、関係ありません。と言われました。)

 

血小板が極端に少なくなるという病気だったらしいんです。血小板が少なくなるということは、血が止まりにくいということです。

 

(昔、山口百恵さん主演であった赤いシリーズの主人公と同じらしいです。母がよく言ってました。私は、見たこともありませんが。)

 

血が止まりにくいので、ケガしないようにとか、青あざが出来ないように私は、包帯でベッドに縛られてたという話を幼いころによく聞かされました。ベッドに縛られている。

 

1歳児が?!

 

今、考えただけでもかわいそうです。自分なんですが。もし、今の自分の子がそうだったらと考えたらたまりません。たまらない。耐えられないです。

 

うちの子が3歳の頃、咳が止まらなくて耳鼻科で喉にステロイド(煙みたいなの)を吸入させるのさえ、パパは、可哀想で申し訳なくて泣きそうになったのに。

 

私の病気は、1歳半~3歳になるくらいまで続いたようです。完治したので良かったです。だから、幼い日の私の写真は、病室だったり看護師さんに抱かれた写真ばっかりです。おまけに顔は、薬の影響でパンパンのアンパンマンみたいに膨れてます。

 全く記憶がないのが救いですね。

 

でも、その時の両親の辛さを考えたら、、、。大変だっただろうなぁって思います。

 

ありがとう。父さん。母さん。そして、頑張ったね。私。

 

 

それからというもの病院から退院した私は、元気いっぱい!今までのうっぷんを晴らすかの如くやんちゃになっていきます。

 

野山をかけ、川をかけ(笑)、毎日泥んこで遊びまくりました。(この辺から記憶あり)

 秘密基地を作ったり、粘土遊びしたり、和式のぼっとん便所に落ちたり。(幸い姉に救出されました。)ケガも多く、その度に治ってるといえ病気の影響で余計にハラハラさせたことでしょう。

 

とにかく、やんちゃでした。レストラン行っても、ずっとウロウロしてたし、デパート行っても勝手におもちゃ売り場に行ったり。今の私ならこんな落ち着きのない子、ブチ切れてもおかしくないと思います。

 

でも、『母』は、全て受け入れてくれました。勿論、人に迷惑かけたりしたら、しこたま怒られましたが。

 

学校から帰ってきたら、夏は、冷蔵庫にフルーツ寒天が作ってあったり、冬には、ストーブの上でぜんざいが作ってあったなぁ、、、。

 

今思えば、『母』は、いつも家族、子供の事を考えて、生活してくれてたんだと思います。掃除、洗濯、料理、子供の世話。

 

毎日毎日、文句も言わずにせっせとやってくれました。夜中、怖くてトイレに行けないときは付いてきてくれたし、ご飯の時は、自分の分を私にくれたり、、、。

 

『母』が私にしてくれたことを書き出してたらきりがないですね。まあ、この『母』の行為が姉たちの反感をかって姉にいじめられたりもするんですけどね。

 

『母』が私に甘かったのは、幼き日に辛い思いさせてごめんねっていう母なりの贖罪だったのかなって思います。『母』は、悪くないのに。

 

これこそが『母』なんでしょうね。

 

慈悲の心と申しますか。

 

無条件に子供に自分を犠牲にしてでも施してあげるというか

 

甘やかすこととは違いますが、『母』の母性本能というのは父のそれとは、根本的に違うような気がします。

 

勿論、男性にも母性本能が強い方(私もそのうちの一人だと思います。)もいらっしゃいますが、男性はどこか見返りを求めるというか、ポイントを稼ぎに行くような気がします(笑)

 

あくまでも、、、持論ですが。私もその傾向あります。 

こつこつ子供の世話じゃなくて、プレゼントで一発逆転を狙いに行く傾向(笑)

 でもね、しょうがないんですよ。父じゃ『母』には、勝てないんですもの。

だって、父には『乳』がないんです。いや、医学上はありますよ。 でも、『母』が持ってるそれとは、違うんです。飾りですこれは(笑)

 

うちの子が、まだ、1歳位の頃。ぎゃーぎゃー泣くんです。父は、頑張ってあやしました。おしめも見ました。哺乳瓶を口元まで持っても行きました。でも、泣き止まないんです。父は、オロオロしながら、慌てながらあやします。お願いだから、ご機嫌直してよ。お願いだから泣き止んでよってね。 

でも、、、、無駄なんです。泣き止むこともありますが、まれに。

 

そこで、『母』が登場ですよ。

 

颯爽と。

 

子供は、さっきまであんなに泣いていたのに『母』の『乳』をくわえて、ほうばって必死におっぱいを飲んでます。そして、安心しきっておやすみになられます。

天使のような寝顔で、、、。

 

父は、『母』の『乳』に負けて、呆然とするわけです。

 

まあ、これに勝ち負けを付けてる私は一生『母』には敵わないのでしょうけど。

 くやしかったなー。お風呂の時も、『ママが良いー』と言われ、保育園に迎えに行った時も『ママが良いー』と言われ。

 

くやしかったなー。

 

でも、しょうがないんです。勝てないんですよ。『母』には。

はじめて、子供のおしめ変えたとき。ぎゃーぎゃー泣く子供を前に、おしめをもってオロオロする父(私です。)変え方が分かんない。って『母』(私の妻)に言うと、、、、。

 

『子供産まれるの分かってるのに何にも学んでないね』って言われました。

 

ガーーーーーーーーーーーン!!!!本当にそうだね。10か月準備期間あったのにね。仕事では、準備が大事ってあれほど、部下や後輩に言ってた私。『母』には、勝てないって思いました。 

 

『母』は、大きな器です。

 

全てを包んでくれて、飾ってもくれ、もてなしてもくれる。あふれんばかりの愛情でいつでも迎え入れてくれて、待っててくれる。時には、大きな傘になり、雨や風から守ってくれる。人の道から反れるようなことがあれば、鬼と化しその道を正し、時には一緒に涙を流してくれる。

 

私は、私の『母』にも私の子の『母』にも勝てません。

 

勝負じゃないけど、頭が上がりません。

 

では、最後に息子から『母』へメッセージを送ります。

 

そんな『母』からも子供たちは、いつか巣立ちます。

その時は、そっと見送ってください。見守ってください。

子供たちは、雨や風に濡れて傷つけば、きっと『母』のもとに戻ってきます。

癒しと安らぎと心地よさを求めて、その時は精一杯の手料理で迎え入れてください。

子供たちは、『母』の元で傷をいやし、英気を養い強くなって、また、旅立ちます。

 

 

もう、卒業のシーズンですね。感謝しかないなー。

 

『母』には。

 

ありがとう。お母さん。 

 

思い入れが強いのか体の調子が良すぎるのか、思わぬ長文になってしましました。

読んでいただきありがとうございました。

 

次回は、『R-CHOP療法1クール回復期』を書いていきたいと思います。