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風邪だと思ってたんですが💧 -悪性リンパ腫闘病記-

人生で初めての入院生活。自分、家族、仕事、人生とは⁉入院生活で感じた事や闘病記録、家族との過ごし方、趣味や特技の事を綴っていきます。

『R=CHOP療法』1クール回復期~一時帰宅まで。

 今回は、『悪性リンパ腫』の『R-CHOP療法』1クール目の抗がん剤投与が終わり、死滅した良い細胞を新しく薬の力で生成させていき、一時帰宅に向かった時のお話です。

 

入院して、早3か月。

 

秋に入院したのに、クリスマス、大晦日、お正月、私の誕生日と順調に(?!)月日を重ねた頃の話です。

 

この頃のストレスは、MAX。食欲もMAX。

 

先も見えず、帰りたい。帰りたい、帰りたい。

 

と、ベッドで呪文を唱えてました。

 

夜も寝れず、真夜中に、タブレットで『ウォーキングデッド』を観ながら、私もゾンビのようにトイレに向かう日々。

 

病院食じゃもの足らず、売店でカップラーメンを買っては病室ですすり、看護師に怒られる日々。(当たり前です!今、そんなんされたらニオイで出ます!色んなものが)

 

体の方は、血液検査の結果、入院当初LDHという酵素の数値は、1600を超えていたのが抗がん剤投与終了直後に800弱(基準値120~240IU/L)になり、抗がん剤投与終了後1~2週間で500IU/L位まで下がってきました。

 

この『悪性リンパ腫』で入院するまでは、会社などで健康診断した時も血液検査の結果なんてほとんど気にしませんでした。

 

再検査とか言われたこともありませんでしたし、気にしてたのはここ最近、上昇中の中性脂肪位でした。(みんなそうですよね!)

 

 

はっきり言って、健康でしたし、風邪もほとんどひいたことがありませんでしたから。

 

なのに、、、。

 

こんな病気になるなんて、、、。

 

 

この時になって、血液検査の重要性を知りましたし、こまめに健康診断を行っていれば、もっと早く気づけたかもしれないなって反省しました。

 

なぜなら、血液検査の結果を元に、医師の話を聞けば聞くほど、自分の体の状態が分かるのです。

 

 

例えば、上に書いたLDHという酵素は、肝臓、心臓、腎臓、赤血球などで作られる酵素で、幹細胞に多く存在し、糖質をエネルギーに変える働きをするそうです。

 

でも、何らかの原因で破壊されると血中に流れ出し、この数値が上がります。上がったということは肝臓がダメージを受けている状態ということらしいです。

 

主に、進行したガンや転移性の肝臓ガンで上昇するそうです。

 

 

基準値120~240IU/LのLDHの値が1600!

 

驚愕の数値です!

 

120円の缶ジュースを1600円で買わされた!

 

怒りますよね、、、。

 

当然です。怒ります。

 

それ位、常識はずれの数値だったんです。

 

入院当初の血液検査で医師たちは、もう、分かってたんですね。

 

きっと。

 

こいつ『ガン』だって、、、。

 

この時は、まだ、あんまり理解してなくて(頭も体もついていかない)はぁー、と気のない返事をするだけだったんですが、今思えば、しっかり普段から気を付けてれば、早期発見につなげられたのに、、、って学びました。

 

他にも、

 

CRP(基準値0.3mg/dl以下)・・・肝臓で作られ体内に炎症や組織細胞の破壊が起きると血清中に増加するたんぱく質

 

これが、5.18mg/dl

(ウイルス感染や酷い火傷でも上がる数値で風邪でも酷い高熱が出ると1.0~2.0位の値が出る場合もあるそうです。)

 

これも、驚愕の数値でした。

 

風邪などの時もこのCRPの数値は、上がるそうなので調子が悪くて病院で血液検査をしてみてもこの数値が上がってて風邪です。と診断されるケースは多そうです。←ここ重要です!(他の『悪性リンパ腫』の患者さんも最初は風邪ですって言われたケースが多い。)

 

特に悪性リンパ腫ではこの数値の上昇がみられるそうです。

 

風邪でも上がる。『悪性リンパ腫』でも上がる。医師にとっても、判断しづらいところかなって思いました。私の場合も、最初は風邪って診断されて、他の病院でレントゲンなどの検査で異常に気づいので、、、。

 

このように、血液検査の結果で私の病気のおおよその判断は、出来てたのかなって思います。結果論ですが、、、。

 

(血液検査の数値など詳しいことは※基準値などは私が入院している病院の基準値と若干違います。→血液検査 | 検査結果の見方 | 一般財団法人日本予防医学協会ホームページ

 

まあ、でも、血液検査の結果を聞いて安心はしましたかね。

 

若干ですが、、、。

 

若干です。

 

数値がまだまだ、基準値以上あるとは言え、下がっていたのですからね。

 

ようやくですが、この時くらいから、少しずつ気持ちにも余裕ができ、自分で『悪性リンパ腫』をインターネットで調べては、一喜一憂し、この厄介な病気を真正面で向き合えるようになったような気がします。

 

ここまでは、本当に行けと言われて、舟を漕ぎだしたものの行く先も目的もないままに、ただ流れに身を委ねていただけでしたから。

 

今思えば、、、ここに、たどり着くまでに家族には苦労かけたな、、、。

 

特に妻は、本当に大変だったと思います。

 

寝汗が酷かったために、毎日、毎日、3,4回着替えが必要でしたし、あれ食べたい。これが欲しいとわがままを言ってしまっていましたから。

 

夫婦共働きで、まだまだ幼い子供の世話もあるのに、、、。

 

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

でも、いつも『大丈夫よ。』って言ってくれて。

 

色んな検査の結果を言ったら『良かったじゃん。』

 

と言ってくれました。

 

本当に救われました。

 

この病気は、一人では、乗り越えられません。

 

色んな人、もの、目に見えない何かが手助けをしてくれないと乗り越えられないんだなって思いました。

 

家族が一緒に戦ってくれるんだな。

 

子供も幼いながらお守り作ってくれたり、誕生日に手紙書いてくれたり、いろんな形でこの『悪性リンパ腫』と闘う戦場に参加してくれています。

 

心強い。本当にありがたい。

 

その手紙の一文です。

 

パパへ

 

 おたんじょう日おめでとう。じんじゃで、はやく元気になってたいいんできますようにと、おねがいしました。

パパが帰ってくるまでにいえをきれいにしておきます。

たんじょう日なのにつらいね。

元気になってたくさんあそんだり、3人でおふろに入ったりたべたりしゃべったりしようね。、、、、、、

 

涙が止まりませんでした。

 

嬉しくて。

 

自分が情けなくて。

 

あんなに小さい子が一緒に闘ってくれている。

 

私の帰りを待っててくれている。

 

なのに自分は、、、。

 

闘おう!

 

一人じゃない!

 

、、、。つらいねって。

 

あの年の子が知ってるなんて。

 

子供ってすごいなぁ。とか思いました。

 

いろんな支えのおかげで、私の体も心も少しずつですが、病気と闘える状態になり、血液検査の数値も、徐々にですが良くなって行った頃、、、。

 

『来週の血液検査の結果次第では、一時帰宅を考えましょうか。』と医師から、予想もしない嬉しいお言葉。

 

え?!帰っていいの?!

 

まだ、この時は、1クールごとに状態が良ければ帰宅ができるということも知らずにいたので、きょとんとしてしましました。

 

急いで、妻に連絡し、『来週、帰れるかもしれない!』と報告しました。

 

『良かったね。』って、言ってくれはしたけど。(家片付けないとね、、、。)と少し嫌そうだったのも覚えてます。←感染症対策のためです。

 

子供には、期待させたくなかったので内緒にしておきました。

 

そして、週明けの朝、血液検査の採血の時が来ました。

 

『〇〇さん、採血します。』と看護師さん

 

『お願いします!』と満面の笑みで迎える私。気持ち悪かったと思います(笑)

 

いつもは、嫌な針を刺される瞬間も、(頑張れ!私の細胞たち!)と念を送りました。

 

そして、数時間後、、、。

 

担当医が私の病室へ。

 

固唾を飲む私。

 

『赤血球が、、、。』

 

『白血球が、、、。』

 

正直、その辺は、聞いちゃいないです。

 

『、、、ということで、、、明日、一時退院していただいても大丈夫ですよ。』

 

 

キターーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/ーーーーーーーーーー!!!!!

 

電車男のように

 

私の頭の中は、一瞬でお花畑満開。一斉に小人たちがパレードを始めました。

 

帰れる、、、。

 

嬉しかったなぁ。ほんと嬉しかった。

 

帰れる。子供と会える。

 

一緒にご飯食べたり、お風呂入ったり。

 

ルンルンです。

 

ということで、次回は番外編『言わせていただきたい』です。お楽しみに。

 

読んでいただきありがとうございました。