読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

風邪だと思ってたんですが💧 -悪性リンパ腫闘病記-

人生で初めての入院生活。自分、家族、仕事、人生とは⁉入院生活で感じた事や闘病記録、家族との過ごし方、趣味や特技の事を綴っていきます。

現在の私。出来る事。出来ない事。

『悪性リンパ腫』と告知されてもうすぐ半年。あっという間ではあったがここまで長く苦しい道のりだった。まだまだ、治療は半分辺り。おそらく・・・。

ちょっと、早いですがここまでの半年を振り返ります。

 

11月から3月までの私の闘い。

 

『悪性リンパ腫』との闘いとは命にかかわる病気なのだから精神的な闘いと、抗がん剤治療による抗がん剤という劇薬とのの闘いになっています。『悪性リンパ腫』による悪性腫瘍、リンパ節の痛みは今は、ほとんど感じることはないです。たまに、チクチク痛むのがそうなのかなぁって思う程度です。

 

心臓の疾患については、今でも常に少し息苦しさがあります。抗がん剤をCVカテーテルで静脈に大量に流してるときは心臓に負担がかかるために普段より、痛みも不快感も増します。あと、心臓の不快感(キューっとなったり、ピクピクしたり)によって常にこのまま心臓止まったらどうしようとか、心筋梗塞などの発症に恐怖を感じたりします。

 

抗がん剤の副作用としては手の痺れ、体力の低下、疲れやすい、貧血などがあります。

手の痺れはオンコビンという抗がん剤による末梢神経の異常らしいです。どの程度の痺れがあるかというとリモコンのボタンを押すと痛む。タッチパネルにタッチする感覚があまり分からない。などがあります。

 

シャツのボタンもYシャツのボタンだと多分、止めれないのではないでしょうか。料理するときのゴマとか乾燥ワカメのプチプチと止めるチャックも明けづらいです。

最近になって、マウスを買い替えたのも、ひとつは他の患者さんにカチカチ音が迷惑になるのと、もう一つは今まで使ってたマウスで指が痛くなってしまう為でした。パソコンのキーボードを打つ作業もすぐに指が痛くなってしまうためにblog書くのも大変です。(汗)

 

好きな絵を描くことも、文字を書くことも自分のイメージとかけ離れてて、書く気にもなれません。好きなことを病気が原因で出来なくなるってのは本当にストレスになってます。その分、何か新しいことを始めようとblogを始めたり、Twwiter始めたりしました。

 

でも、最近始めたTwitterでも後で自分のツイートを見返してみるとやたら誤字、脱字が多く、フォロアーさんのタイムラインを汚してしまってるようで申し訳なく思います。指先の感覚の問題もありますがフルフルと常に細かく震えているのでツイートしてる途中で送信してしまったり誰か宛にツイートしたつもりが出来てなかったり(涙)します。

 

1回目の抗がん剤治療では、ここまで痺れは酷くありませんでしたが抗がん剤の投与回数、量ともに増えたのでそれに比例して酷くなっていくように感じます。抗がん剤投与直後は肘から下がピリピリと痛み時には痺れてだるくなってしまいます。薬で緩和が出来るようだけど未だやったことはないんですが、もっとひどくなるようなら医師に相談したいと思ってます。

 

他には体の毛が抜けました。闘病記でも後々書いていこうかとは思いますが髪の毛、鼻毛、まつげ、眉毛はほぼ無くなりました。髪の毛は、3回目の投与辺りからごっそりと抜け出しました。それはもう、びっくりするほどにごっそりと。女性は髪が命と言いますが男性の私でも髪が抜ける過程はショックでした。今は、しゃーないと思っていますが。

 

私は花粉症なのでこの時期に鼻毛がないのは大変つらいです。鼻毛で防げそうな花粉が鼻の粘膜にダイレクトに来ますし、まつげ、眉毛もだいぶ少なくなったので目も同様です。

 

そのせいで一時退院の時の姿は明らかに怪しいです。ニット帽、メガネ、マスク、手袋。明らかにそれです。私的には自分が『悪性リンパ腫』のキャリアであることを別に隠しているわけではないので、別に何とも思わないのですが子供が私の頭の事で学校で何か言われたり、近所で要らぬことを言われたり、何でそうなったかの経緯を説明するのも面倒なので、かのような格好になっています。

 

『悪性リンパ腫』になる前に母の事やTVや雑誌、インターネットなどで抗がん剤治療の弊害、副作用が大変だとは思っていましたが、ここまで普段の生活が不便になるとは思ってもみませんでした。

 

貧血も抗がん剤投与直後から始まって、赤血球の数値が正常値まで上がらなくては、とてもじゃないが出歩くことは難しいと感じました。日常生活でも大変なのに仕事なんて出来ないと思います。

 

食欲に関しては抗がん剤投与1週間から2週間を除けば、病院食以外なら食べれるかもしれません。でも、投与1週間から2週間は味覚異常で味も分かりませんし、水でさえ何かドロッとした液体に感じます。とても飲めたもんじゃないです。白米や味噌汁も美味しく感じません。

 

白米なんて匂いを嗅いだだけで嗚咽が出そうになるんです。

 

他にも、私は一時退院した時に料理を作りますがその時に自分があんまり味見をしないで作るという事を以前は、ずぼらだなと、たまに反省していましたが抗がん剤治療のせいで味覚異常になってからは良かったと思います。何でかというと、目分量、手分量で作っていたので味見しなくても体で覚えてるからです。妻に確認してもらうことは、ありますが毎回味見してそれを頼りにしていたら、今は、相当苦労してたと思います。

 

私の母は、近所でも有名な料理の上手な人でした。そんな母も私と同じように抗がん剤治療をしていたのですが、明らかに治療後は塩気が多く、味が落ちたと思います。その時は、母の気も知らずに平然と『最近、味が落ちたね。』とか『最近、塩辛いよ』とか言っていて申し訳なく思います。

今思えば、抗がん剤の副作用で味覚異常になり味が分からなくなったのではないかと思います。

 

『悪性リンパ腫』に、なってみて初めて思うことが沢山あります。辛い。本当に辛いです。

 

『頑張って』と誰かに言われれば、何を?!って思うこともありましたし、こんな病気になったことを恨んだこともあります。今もですが。

 

でも、一番辛いのは、以前の自分じゃなくなったことだと思います。絵が描けない、字が思ったように書けない。悲しすぎます。体力的なこともそうですが、美味しかったものが美味しく感じなかったり、毎日飲んでたコーヒーがまずく思えたり。

 

出来てたことが、出来なくなる。

 

これを受け入れるのが本当に辛いです。

 

当たり前の事、普通の事、これが出来なくなる。

 

刺身が食べたい。卵かけごはんが食べたい。子供と一緒に公園で走り回りたい。家庭菜園で野菜を作りたい。家具を造りたい。キャンプに行きたい。お酒を朝まで飲みたい。家族で海に行きたい。

 

『悪性リンパ腫』になったせいで、全部できません。

 

本当に悲しく、辛いです。家族にも、子供にも本当に申し訳なく思います。

 

告知されて、2か月はふさぎ込み、一人で自分を悔い、慰め、怒り。色んな、感情との葛藤がありました。

 

でも今は、出来ない事よりも出来ることから始めようという思いで、音楽は前と同じで聴ける。映像や映画も観れる。ゲームも何とかできる。料理も何とかできる。子供との遊びも何とかできるものがある。という風に考えられるようになりました。

 

この病気になる前に、『お前は強い人間だ』とか『〇〇さんだから出来るんだ』とか『へこたれるとか、もう駄目だとか思ったことあるんですか?』とか言われたこともあります。

 

はっきり言いますが、私は決して強い人間じゃありません。だから、強くなりたいと思うし、弱音を人前では言いたくないだけなんです。強くないから共感を求めますし、確認作業を怠りません。弱音を吐くときももちろんありますが、そんな後に自己嫌悪にもなります。

f:id:orangelamp8:20170327000101p:plain

 だから、思うんです。

 

もっと、何かできないか、もっと、やれることは無いのか。今の私でも出来る事。

 

それがいつか、今の私じゃないとできない。それが見つかればいいと思っています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします。