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風邪だと思ってたんですが💧 -悪性リンパ腫闘病記-

人生で初めての入院生活。自分、家族、仕事、人生とは⁉入院生活で感じた事や闘病記録、家族との過ごし方、趣味や特技の事を綴っていきます。

『こんなんじゃなかった。』

人間生きていれば沢山出て来る

嬉しいこと。悲しいこと。怒ること。笑うこと。

その中でも悲しい事や怒る事の時『こんなんじゃなかった。』って思うことあると思います。今回はその『こんなんじゃなかった。』について書いていきます。

 

所詮、別人だもん。価値観、人生観は違って当たり前。

 

始めに言っておきますが私はきっとエゴイストでナルシストだと思います。

そんなの知っているって思う方や嘘ばっかりと思う方やそんなの興味ね~と思う方、それぞれ、いらっしゃると思います。

 

当然です。

 

だって人間だもの。←どっかで聞いたことあります。 

 

でも、自分が悲しいときや怒ってる時はこの当然と思うことが当然じゃなくなります。私もそうです。

 

例えば自分に目指すものや好きなものがあった時にそれを否定されると、どういう感情が湧いて来るでしょうか?

 

悲しい感情や怒るという感情ではないでしょうか?

 

そうなんです。

 

ほとんどの人間はこの自分を否定されると悲しみや怒りの感情が湧いてきます。

 

では、なんで湧いてくるのでしょう?!

 

ここでそれが人間。と言えば簡単なんですがそれではここで書く意味がないので私の体験談を交えて今回書いていきたいと思います。

 

自分が一生懸命に頑張ってやってる仕事を否定されたり、自分が大切にしているもを蔑ろにされたりしたら、本当に悲しくなりますし怒りたくなります。

 

それが自分に近い人だったり、自分にとって大事な人や尊敬する人だったら、、、。

それはそれは、悲しい気持ちになると思います。

 

私はこれで『鬱』になりました。

 

自分の事を理解してもらえない。自分はこんなに頑張っているのに。こんなに長年一緒に居たのになんで分かってもらえないの?という感情が私を孤独してしまい。

一人だけ蔑ろにされているような、そんな日々を過ごした結果だったと思います。

 

以前のblogでも書いたので何で私が『鬱』になったかという事簡単に説明しますと。

家族の為にと頑張っていた仕事が結果的に上手くいかず、それを家族にも言えず、一人で悶々と眠れない日々を過ごしていた。家族はその事に気付いていないので知らん顔。

私は何で気づいてくれないの?家族でしょ!と益々、孤独に『鬱』になる。

 

と言う感じです。

 

ここに書くと簡単ですし、言葉にすると簡単です。でも、期間にして1年半もの間、私は自分の部屋から出ることも出来ずに寝るに寝れず、昼夜問わず、吐いておりました。

 

あれから、3年経ちました。

 

今はどうかと言いますと、、、。

 

今の私には必要な時間だったんじゃないかなって思います。その孤独で『鬱』な時間の1年半が無ければこの『悪性リンパ腫』と告知された時も、今の様に前向きな気持ちにはなれなかったし、その前向きな気持ちから何か始めようと思ったtwitterやこのblogすら初めては、なかったでしょう。

 

では、『鬱』になった時に私はどうやってそれを克服したのでしょう?!

 

その時通っていた心療内科でも言われたのですが『「自分が何で!?」とか「何で私が?!」と思わずに今の自分の状態を受け入れてください。』という言葉。今ではなるほどそうだなと思いますが、その当時はこれが難しかった。私という人間はプライドが高く、そのせいで責任感も強い人間だと思います。これが邪魔して『自分は鬱患者』というものを受け入れる事が出来ませんでした。

 

ひょっとしたら、私の事ですから、この医者なんも分かってねえなぁ!

 

くらいの事思ったかもしれません。

でも、これでは『鬱』を克服すること出来ないんですよね。私の場合は、かなりの荒療治となるわけですが妻からの突然の『離婚宣告』によってこの『鬱』を受け入れざるを得なくなります。情けない話ですが仕方がない事だと思っています。

 

収入を得るため、頑張っている姿を見せるため、役職を上げてあの人は凄い!と思わせるため。これが家族の為と私の中で変換されて行った結果、足元から崩れ去り、振り返ったら家族も崩壊してた、、、(;´Д`)

 

この時に思いましたね~泣きながら・・・

 

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『こんなんじゃなかった!』

 

 

今思い出しても、悲しいし、寂しいし、情けないと思います。

でも、仕方ないんですよね。家族や仕事関係の人とは所詮他人なんですよ。だから、自分はこうだと思ってた事や信じていた事が違ったり、ズレいたとしても仕方のない事だと思います。よくある価値観のズレというものです。

 

この『価値観のズレ』によって私は傷つき、苦しんだと思います。しかもこのズレにすらき気付かずにいましたからね。

 

では、このズレに気付いたときに私がどうしたかと言いますと、ここからが本題です。

この本題まで1900文字打っています(汗)

 

私がこのズレに気付いたときにやったことは

 

『一回諦める。』

 

です。今の私があるのも、『鬱』『離婚』を克服、回避出来たのも『悪性リンパ腫』と闘えているのもこの『一回諦める。』をやったからだと思います。

 

なんでこの一回諦めるという考えにたどり着いたかと言いますと、

 

やってらんない。

 

という素直な気持ちからです。自分は正しい。間違ってない。家族の為に。とか、思って一層懸命にやっていたのに価値観のズレとか言う平凡なもので一気に何かが崩壊してしまうんですよ。その時の気持ちは、、、。

 

やってらんない。

 

ですよ。本当に。

でも、言い方を変えるというか逆の見方をすれば、その家族や周りの人間もひょっとしたら、やってらんないのかなって思ったんです。

 

だって、にんげ、、

 

所詮他人ですもん。私の便利なコピーロボットちゃんでは無くて、ひとつの個性を持った人間だし、その個性を羨ましく思ったり、魅かれたりした事もあるんですよ。

だから、妻とは結婚したんだと思ったんです。

 

だから、自分の考えや価値観を理解してくれないからといって、この人はダメだ!価値観がズレてるとは思わないで、この事については『一回諦めました。』話しても、議論しても無理だし、いい結果なんて生まれることなんてありません。きっと。

 

待ってるのは崩壊です。←この時の私の場合。

 

で、何をしたかというと今の自分が出来ることを一生懸命頑張りました。その為に、周りの意見にも耳を傾けましたし、積極的に意見を聞きにも行きました。

 

その結果。

 

『鬱』を克服することが出来て『離婚』も回避することが出来ました。

 

この過程までたどり着くには苦しみましたし、いっぱい泣いたし、いっぱい吐きました。でも、この

 

『一回諦めて、今の自分に出来ることをやろう!』

 

と思ってからはびっくりするくらい、身も心も軽くなりましたし、楽になりました。

一番自分でも驚いたのが姉に『あんた変わったね。私の話聞くようになったね。』って言われたことです。以前も聞いていたとは思っていたんですが、そうではなかったようです。

 

私は自分の価値観で物事を進め、それで結果が出ると自分が頑張ったからという感じに思っていたんだと思います。でも、こんな問題が起きた時にズレているのは自分じゃないのかと気付きました。そのズレというのは社会的なものや一般論のズレではなくて本当に単純な考え方のズレに気付きました。

 

以前の私なら相手の考え方を変えようとか思っていたでしょうが、もっと単純にもっとシンプルにやろうとした結果、その価値観のズレの相手とのズレの折衝をするよりも今するべきこと、出来ることをやった方が良いなと思いました。昔、20代の頃に自己啓発本のブームがあり、その中に『人を動かす』という本がありました。

 

その時の私はその表紙を見てこんな本買う人いるんだ。人動かす前に自分が動けよ。

と思ったことを覚えています。正しくそれで、人を変えることは出来ません。変えれたとしても大変な労力を要すると思いますし、他の弊害も出てくると思います。

だから、自分の考えをシンプルに自分が動いて自分が輝く。ってことが大事なのかなって気付きました。その結果、私の大事な存在は何か変わったね。って、寄ってきてくれました。ありがたいですね。

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私は今この大事な存在と一緒に『悪性リンパ腫』と闘えていることに感謝しています。

でも、一番ありがとうを言いたいのはあの時にこの考えに導いてくれた自分です。

 

ありがとう。

あの時の私。きつかったね。辛かったね。でも、頑張っていたね。

ありがとう。

あなたが頑張っていてくれたおかげで今もこうして生きてられるし、新たな闘いが出来ているよ。

ありがとう。

あの時のあなたに恥ずかしくないように、あの時流した涙が無駄にならないように頑張るよ。

ありがとうございます。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします。